第二話 「錬金術師と魔女」 side:Alessa

 フィートが執務室から出て十数秒とせず、マスターは目を細めて扉を見つめながら言う。


「行ったか?」


「大丈夫ですわ」


 アレッサは扉に背を向けて、冷め始めたブラックティーに口をつける。

 ギルドマスターと一対一となれば、おおよその冒険者ならば身構え、痛くもない腹を探られやしないかと緊張が表情に出るものだが、アレッサは依然として感情の読めない柔らかな表情のままだった。


「すまないなアレッサ君、こんなことを」


 こんなことを――その先に言葉が続く前に、アレッサは小さく笑った。


「何を仰るんですか。私のような魔女を受け入れてくださっているだけで、感謝しきりですのに」


 慇懃な態度で恭しく目を伏せる姿にマスターはやるせない気持ちと、それでも今を生きようとしている魔女である彼女に対して浮かぶ得も言われぬ嬉しさに、ぎこちないながらも笑みを返す。それから、否定とも肯定ともつかぬ言葉を紡いだ。


「それを言うならば私は人間ではなく森人(エルフ)だろう。……私の故郷は、既に無いがな」


 短いながらも、これほどに現状を理解させるに適した言葉はないとアレッサは視線を持ち上げた。

 人類史上主義――王都ルフェクトを擁するリベストラ王国はその傾向こそ薄いものの、大陸単位で見ればココこそが特異な場所であると認識せざるを得ない。獣人を含む【亜人】などと呼称される者らはまだ優しい方だが、同じ見てくれをしていようが魔女だけは別格である。

 長い歴史のうち、たったの一度のすれ違いが起こした悲劇とも呼ぶべき事件がなければ、もしかしたら――。

 アレッサとマスターの考えが重なったのか、互いの意味深な視線がかち合うと、ふっと逸らされる。


「……さて」


 手を打ったわけでもないのに、マスターの一声で執務室内の空気が変わった。

 森人特有の言霊かもしれない。


「残ってくれているということは、私の本当の目的を理解してくれていると受け止めて構わんか?」


「そのつもりですわ」


 内容までは想像していない。それを察したマスターはつらつらと話し出す。


「……改めて説明しよう」


 マスターの品の良さげな唇から紡がれる迷いの感じられる言葉の数々。

 フィートには伝えず、魔女たるアレッサにだけ伝えねばならないと考えていたであろう依頼の真意。


「我々の知る通り、この世界には冒険者のほかに、一般人を含む様々なものが息づいている。無論、モンスターも含めてな」


 すっかり冷めたブラックティーを飲み干してカップを静かに置いたアレッサ。

 未だ相槌もなく、続きをどうぞと促すばかり。


「この時勢に善悪を判断するつもりなどないが、いわゆる略奪者や悪い魔法使いなんて呼ばれる者達が存在しているのも理解している」


「それの討伐依頼でも――」


「だが今回は毛色が違う」


 モンスター調査にかこつけてならず者の処理でも頼まれると踏んでいたアレッサは、ここでようやく柔らかな表情の中に困惑と驚きを滲ませた。


「君らには、隣接する異世界へ赴いてもらいたい」


「それは……」


 異世界。端的に言わばそう表現される、アレッサやマスターが今いる場所とは違う場所。

 正式には様々なゲートを介して移動出来る法則の違う世界の総称である。

 オーバーワールドと呼称される二人のいる場所のほか、異世界は数多存在している。

 リベストラ王国はそうした異世界で産出されるものを積極的に取り入れて発展してきた歴史があり、王都も多分に漏れず異世界へ渡るような依頼も少なくない。通行手段が確立されており行き来もさして苦労するものではないが、オーバーワールドでの依頼に比べ危険度は桁違いだ。


「岩盤に隔てられた地底世界、ネザーも調査対象だ」


 通称、ネザーと呼ばれる極熱の異世界。冒険者でなければひとつ呼吸することも辛い溶岩だらけの環境たる異界の名を口にしたマスターに、アレッサは短く「ふぅん」と生返事した。

 冷めきって水滴がぽつぽつと内側についたティーカップを傾け、目を伏せる。

 マスターはつらつらと言葉を紡ぐ。


「ピグリン族と交易を経てネザーの異変を調査していたのだが、そのうちで聞くにどうやら彼らの知らない遺跡が発見されたらしいのだ」

「遺跡?」


 ゆるりと持ち上げられた視線。

 いくら魔女とて今や冒険者。マスターはアレッサの反応を見てから続けて話す。


「我々から見れば遺跡である、という方が正しいだろうな。いくつか届いた調査結果を見たが……自分で言っておいておかしいんだが、遺跡ではないように見えてしまってな……」


 アレッサは視線だけで室内を見回した。

 いつも気難しそうな顔をしてうんうんと唸り座り続けている執務机と椅子は、現在座れるような状態ではなかった。

 うず高く積み上げられた調査報告書であろう書類が城を築き、その中にはいくらか写真も見てとれる。

 自分が来るまではそれらとにらめっこしていたのだろうと伺わせる様相だ。


「どうにも……」


 言い淀むマスター。アレッサが促すようにオウム返しする。


「どうにも?」


「――戦場跡に見えて、仕方がないんだ」


 くっと小さく喉が鳴った。アレッサの喉が。

 魔王戦争から久しくも、戦場という言葉は未だ世界に影を落としている。


「戦場ですか……」


 アレッサはすぐに、その先を言い淀んだ。

 マスターは正式な依頼として自分に主観的な言葉を紡いでいるのか、それとも魔女としての自分に戦場と口にしているのか。

 いずれにせよ彼女の感情を大きく揺さぶるには充分で、その証左に指はティーカップの縁をなぞる。


「だから、私と彼を?」


 なにがだから、なのか。彼はただの冒険者で、今は自分だってそうだ。

 相当に腕の立つ冒険者というにも語弊があるアレッサとフィートという組み合わせに、過剰な自信を思わせぶる返答はマスターに変な表情をさせるに至る。

 しかしマスターは小さく鼻息を漏らしたくらいで、そうだと肯定してみせた。


「二人とも冒険者であり、片や錬金術師、片や魔女。違う視点から得られるものもあろうということだ」


 調査の専門家と言われたら否定しきれない一面があるが、決して学者や論者ではない。

 違う観点を持っていたって素人に毛が生えた程度の情報しか得られないかもしれないのに、マスターは確信に満ちた口調のままだった。


「ですが……――」


 冒険者とは言え、魔女。

 リベストラ王国のみならず、他国であれ差別される対象たる自分には荷が重いように思えた。

 戦うことでしか自らを証明出来なかった存在なのに、そう考えているのを見透かしたようにマスターは言った。


「わかっている」


「……」


「魔女としての君の力は、悠久をを生きる私のような森人でさえ手に負えない。理論理屈が通じない力を操り、都市どころか王国を丸ごと消し去るような君の力はね」


 またも、くっと喉が鳴った。


「失礼。君をどうこう、というわけではない。むしろ、その逆だ」


 逆? と聞き返す前に、マスターは姿勢を正して、森人然とした面持ちで、神秘的な雰囲気を纏って言った。

「今回の依頼を改めて伝えよう」


「魔女、アレッサ・ウェルデン。錬金術師フィートと協力し」












「世界を、救ってくれ」

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